Mami Miyake - Pianist

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三宅麻美アート覚書き

【アート覚書き】永青文庫名品展

2020年11月20日 by admin

コロナ禍のせいもあってずっと叶わなかった美術観賞。本番からも解放されてようやく足を運ぶことができました(といってももう2週間前のことです)。

記念展示を開催していた永青文庫に初めて訪れたので、備忘録として…

副都心線雑司ヶ谷駅から都バスに乗り、3つ先の停留所、目白台三丁目で降りる。閑静な住宅街、木々に囲まれひっそりと佇む永青文庫は、肥後熊本五十四万石の細川家に代々伝わる文化財を保存し、研究・一般公開のために、16代細川護立が立ち上げたもの。神田川沿いまで斜面を利用して広大な庭園も隣接している。

今回の展示のお目当ては菱田春草(1874〜1911)の2枚の日本画。

まず、1909年に描かれた『落葉』は全部で12枚の屏風絵。日本画において、それまでのように線を使わずに描く「無線描法」ながら、いやそれゆえに木肌の立体感をここまで表現できることに驚かされる。葉元から葉先へ薄緑から色あせた黄土色、そして焦げ茶へと変化していく、枯れゆく落葉の時の移ろいと生の名残。枯れる様すら美しく、愛おしく描く。腎臓から来る目の病に侵されながら、虫食いの形や葉の反りなど、落ち葉一枚一枚に愛情を注ぐ。地面に描かれた四十雀のつがいはどんな状況でも命はたゆまず続いて行くたくましさをあらわし、細枝に留まり、さりげなく佇む色鮮やかなジョウビタキを描くことで、朽ちてゆく落葉の侘しさがより伝わってくる。常緑樹の松の緑の濃さは、色というより塗りの濃さとも言え、筆使いに生への執着が感じられる。画面の奥には、幻想的でありながら凛とした存在感を感じさせる木々等、いくら見ていても飽きない。

そして、何年前だろうか、近代美術館での菱田春草展以来の再会となる『黒き猫』。『落葉』を描いた翌年、死の前年に書かれた猫の絵。視線はまず黒猫に注がれ、その歌舞伎役者のような鋭い眼差しや、左右に開いた両耳から、猫自身の緊張感を感じとることができる。そして背景や木肌との輪郭のぼかしで巧みに表現したフォルムや、指先の丸みのやわらかな質感に触れる。猫の上に目を向けると、描かれた柏の葉の形の良さに魅了される。どの葉も表を向いているのに、その照らし方や微妙な大きさの差異、虫食いの形などの変化に趣を感じる。そして全体を観ると、深い茶緑と金色、猫の黒のコントラストが見事に一枚に収まっている。

横山大観の作品も多かったが、なぜかいつもあまり惹かれない。竹内栖鳳の描いた猿の掛け軸は、開いた両腕とその表情がなんとも言えない脱力感を与えてくれて微笑ましく、彼の生き物に対する審美眼をあらためて感じさせてくれた。他に国宝の日本刀や重要文化財の仏像、陶器など所狭しと展示されていた。

観賞後は、秋晴れの庭園をのんびり散策して、神田川沿いを江戸川橋まで歩いて帰路につきました。

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〔facebookパーソナルページより転載〕

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【コンサート覚書き】エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

2020年2月2日 by admin
Esa-Pekka Salonen

Philharmonia Orchestra @Tokyo Bunka Kaikan

Program
Stravinsky Le Sacre du printemps
Stravinsky L’Oiseau de feu

ベルリン留学時代、様々な指揮者がベルリン・フィルを振るのを聴いたが、当時の常任指揮者だったクラウディオ・アバドよりも、先日亡くなったマリス・ヤンソンス、ベルナルト・ハイティンク、ギュンター・ヴァントなど客演指揮者の方が印象に残る演奏が多く、なかでも脳裏に焼き付いているのがクルト・ザンデルリンクのショスタコーヴィチ交響曲第15番とサロネンの火の鳥だった。
ロンドンを拠点とするフィルハーモニア管弦楽団とは30年以上の付き合いで、首席を務めるのは今シーズン限りとのこと。しかもストラヴィンスキー・プログラム。集大成の演奏が聴けるのを楽しみに出掛けた。

サロネンの切れ味は健在で、《春の祭典》は文化会館の残響が曲にちょうど良く、低弦のゴリゴリとした音や、総管楽器群の華々しい音が直に聞こえ、オーケストラの一体感が素晴らしい。団員もサロネンを信頼し、サロネンも団員を信頼し切っていて、縛りすぎずかつ、勢い良く統率していく。
久々に大編成のオーケストラ(打楽器セクションに6人いるだけでワクワクする)のドライブ感を味わい、ゾクッと鳥肌が立った。

後半の《火の鳥》も絶妙なテンポ感と間合い、色彩、曲の核心を捉えた構築性で、ドラマティックに展開し、思わずその場面が目に浮かんでくる。弦楽器には最弱音を要求し、トランペットにはミュートを装着した上にさらに音量を絞り込むよう指示する。サロネンのタイトでスマートな指揮振りを再び体験し、最後はまるでサロネン自身がオーケストラに魔法をかける火の鳥のように見えてきた。

アンコールのマメールロワ終曲がまた、冒頭のテンポ感といい、選曲といい、感動的だった。
作曲家としての顔を持ち、その視点からの革新的な解釈もさることながら、客席上部に待機したトランペット奏者に合図するためにこちらに身体を向ける演出や、アンコールで客席に向かい人差し指を口にあてて一瞬で拍手を止めさせ、話しかける気さくさ、フットワークの軽さも人気の要因だろう。
終演後はCDが飛ぶように売れ、楽屋口には長い出待ちの列ができていた。

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【コンサート覚書き】エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノリサイタル

2020年1月23日 by admin
Elisso Virsaladse Piano Recital

@Hamarikyu Asahi Hall, Tokyo

Program
Tchaikovsky: Les Saisons
Prokofiev: Sarcasms, Toccata
Schumann: Novelette Nr 8, Fantasie

ゲンリフ・ネイガウス直伝のロシアピアニズムを継承するピアニストとしては今やもうほぼ最後の存在となってしまったエリソ・ヴィルサラーゼが、今年も非常に興味を唆られるプログラムとともに来日してくれた。

チャイコフスキー 四季(1月〜8月)は冒頭から、まるで自宅のピアノで弾き出したかのようごく自然で温かな息づかいと集中力で聞かせる。それぞれの曲の性格を、あたかも匂いを嗅ぐかのように瞬時に掴み、移行していく。これまでにも増してその瞬間は冴え渡っていて、息つく暇もなくガラッと雰囲気を変える巧さに脱帽する。豊富なピアニッシモ層のグラデーションと、身体に染み付いた語り口を堪能した。

プロコフィエフは一転、乾いたペダリングや禁欲的な響きで輪郭のみを提示しながら進む。グロテスク過ぎる表現を嫌い、どれも足早に過ぎ去り、曲のエッセンスが凝縮、圧縮されたような表現が新鮮だった。

後半、お得意のシューマンは俄然音に膨らみが出て、響きに色彩が増す。ノヴェレッテは留学中のミラノでも聴いたことを、つい先日のように思い出し、あれから20年も経つのにまるで色あせることのないピアニズムを聴きながら、学生時代彼女のレコードを聴いて以来、何にこんなに惹きつけられるのだろうと考えてみる。ロシア・ピアニズム特有の息の長いフレーズはもちろん、“徹底”した声部間のバランスと鋭敏なリズム感、そして感情に飲み込まれ過ぎない凛とした表現に惹きつけられ、また音楽に対する彼女の信念の強さに心から共感しているのだなと思う。70代後半になってもこのエネルギー、ただ敬服!!

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【コンサート覚書き】アレクセイ・リュビモフ ピアノ・リサイタル

2019年10月2日 by admin
Alexei Lubimov Piano Recital

@Sumida Triphony Hall

Program
Mozart Fantasie d moll K397
Sonate a moll K310
Karmanov Schumaniana
Ustvolskaja Sonate Nr.5
Mozart Fantasie c moll K396
Sonate c moll K457

先週末、衝撃の引退宣言⁉︎ という見出しに驚きながら一年振りにリュビモフの演奏会へ。

まず幻想曲の出だしのアルペジオから、和音が生まれては朽ちてゆくさまをセンスのあるルバートで見事に表現し、メロディーを歌わせながらその伴奏形を活かすペダリングの巧さに魅せられてしまう。古典のスタイルを保つ中での表現の大胆さといおうか、繰り返しの妙技は勿論のこと、次のイ短調ソナタでは強拍を強調するその弾き方が転調とともに説得力を増し、曲の本質へとぐいぐい迫っていく。現代曲を好んで弾くからこその休符や楽章間の間合い、アウフタクトから導かれる動きがあり、また古楽器を好んで弾くからこその手首の柔軟さや抜け感は緩徐楽章のしなやかな音の伸びに繋がっている。第3楽章のイ長調の挿入部は本当に美しく、透明感のある儚げな色彩と凛とした様式美があった。

私自身と同世代の作曲家カルマノフのシューマニアーナ(リュビモフに献呈)は、曲を貫く無窮動的な動きのなかに、シューマン特有のリズムや和声進行が盛り込まれたものだが、一瞬たりとも気が緩まない、見事な緊張感で奏者としての責任を果たしていく。こんなに高いクオリティーで演奏することができるのに、来年を持ってホールでの演奏は引退をするというのだから、とても信じがたい。

後半のウストヴォリスカヤのソナタは以前も彼の演奏で聴いたことがあるが、その時とはまた違う印象で、強烈なクラスター音の連続に現在我々が直面する環境問題への警告のようにも感じ取れた。

モーツァルトのハ短調ファンタジーはいわゆる有名な方ではなく、弟子のシュタードラーが補筆したものであまり耳慣れない曲だけれど、まるでその場で即興演奏をするかのような思い切りと自由闊達な語り口で聴かせる。その後の同調のソナタも前半と同様に、テクスチュアをすっきりと聴かせてくれ、第2楽章の伸びやかな歌い口など、音の行く末まで神経を行き巡らせた名演だった。

このピアノでやりたいことがあると言って選んだCFXの、調整の素晴らしさもあいまって、強打も弱音も、切れも伸びも、バランスも自在に操って、とても弾きやすそうだったのも印象的だった。

先週の恩師ペトルシャンスキーに続き今回、そして明日のリュビモフによるカルト音楽の夜(!)、来週のシチェルバコフとロシアン・ピアニズム満喫の日々は続く…

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【アート覚書き】シャルル・フランソワ・ドービニー展

2019年6月23日 by admin

梅雨の合間に東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館のドービニー展へ。

Charles François Daubigny@Seiji Togo Memorial Sompo Japan Museum of Art

一年振りに行ってみると、このビルの隣に背の低い新美術館を建築中で、高層ビルの44階で絵を観るのは最後になりそうだ。

シャルル・フランソワ・ドービニー(1817〜1878)は同じく風景画家の父を持ち、20歳ほど歳上の画家カミーユ・コローと親しく、制作のために旅行を共にしたり、自分のアトリエの壁画を頼んで描いてもらったり、自らの意思によりペール・ラシェーズ墓地にも並んで眠っているそう。あのゴッホの憧れの画家でもあり、面会は叶わなかったらしいが、《ドービニーの庭》という作品を残している。

歴史的風景画を描いていた1840年頃の作品でも既に空の高さとその色を際立たせており、洗濯する女性のいる水辺の絵など、樹々の緑のグラデーションが目を惹く。明らかに写実ではなく、印象派のはしりと言うべきか。ローマ賞に二度落選したというけれど、パリのマリー橋を描いた小さな水彩画は夕暮れが美しく、オワーズ河畔を描いた作品はどれも空間の広がりと緑のグラデーションが美しい。ベルギーに起源を持つオワーズ川はセーヌ川に比べると対岸が近く、しかも水量が豊富で穏やかなので、多くの画家が移り住んでいるそうだが、ドービニーもその一人で、オワーズ川の夜明け、日没、春、夏、雨模様の空など、水辺の光と空気を描き分けている。
特に《オワーズ川の中州》は観ているこちらも深い呼吸のできる作品で、ヨーロッパの空気感を思い出す。コローの作品に比べると、空の広がりと明るさが増し、水面に映る空の青と樹々の緑が光を捉えている。

40歳で『ボタン号』というアトリエ小屋のついた小舟を手に入れると、見習い水夫という名の息子カールと旅に出る。旅先で写生をして、それをもとに部屋にこもって絵を描くのではなく、自然に近いところで描く姿勢が、若いモネやピサロに影響を与えたという。
版画集《船の旅》はそんな旅の情景を作品にしたもので、水夫である息子が釣りをする様子、船で食事を作り酒を飲んだり、大きな蒸気船のあおりを受けて転覆しそうになったり、アトリエ小屋の中で寝る様子などが描かれ、ほのぼのとした雰囲気が伝わる。息子も同じく風景画を描き、3点あった絵画からは父と瓜二つの筆使いが見て取れた。
晩年まで船の旅を続け、次第に筆使いを残す、荒いタッチになっていった。

それにしても、時間帯によるのかもしれないけれど、空いている美術館で一対一で絵と対峙できるのは何と幸せなことだろうか!

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〔facebookパーソナルページより転載〕

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【アート覚書き】ルート・ブリュック 蝶の軌跡展

2019年6月22日 by admin

Rut Bryk Touch of a Butterfly@Tokyo Station Gallery

東京駅丸の内北口にあるステーションギャラリーは、オリジナリティー溢れる企画でアートマニアを楽しませてくれるが、フィンランドの女性セラミック・アーティストだったルート・ブリュックの展示もその例に漏れず、チラシを見た時から妙に惹かれていた。
国内では初めての本格的な展示となったブリュックは、洗練された北欧デザインが売りの食器メーカー、アラビア製陶所でアーティストとして働きながら、個性的な陶板アートを作成する。

最初の展示室は今回写真撮影が許されており、深い青や緑、落ち着きのあるピンクやターコイズブルーなどその色合いに惹かれ、またその素朴で歪みのある形に惹かれ、スマートフォンで撮影をしながら何周まわっても飽きずに観続けた。ベネツィアの宮殿やシチリアの教会、カレリアの住居など、釉薬のかかった部分の艶が美しく、枠の風合いとともにステンドグラスを思わせる。ライオンのお腹の部分にさりげなくロバがいたり、3羽の鳥が向き合っていたり、時にユーモラスでメルヘンな題材を独創的なアートに仕上げている。父親が蝶の研究者だったので、様々な色の蝶の作品も目を惹く。

これだけでも十分満足できるものなのだが、その後モザイクのように小さなタイルを組み合わせて創るタイルアートへと変貌する。ブリュッセルの万博やミラノトリエンナーレ芸術祭のために、白、アースカラー、オレンジ、肌色のタイルと立方体の組み合わせでそれぞれの都市を表現したり、インドなどを旅した印象を形にしたイコンがあったり。

そしてさらにタイルが粒子のごとく小さくなり、簡素化していく。当然のごとく抽象画となり、幾何学的な模様が多くなる。
北欧の純粋な美しさと力強い自然を描いたという晩年の作品、《春の雲》《木》《流氷》のタイルアートは、平面上に光と影を織り交ぜながら、ちいさなタイル一つ一つに意味を持たせ、生まれては朽ち果て、現れては消えて行く、万物のはかなさをも感じさせてくれた。

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【アート覚書き】クリムト展とウィーン・モダン展

2019年6月10日 by admin

梅雨入り前の先週、東京都美術館のクリムト展と、国立新美術館のウィーン・モダン展を鑑賞した。

Exhibitions of Gustav Klimt @Tokyo Metropolitan Art Museum and Vienna on the path to modernism @The National Art Center Tokyo

まず都美術館の方は、今年没後100年になるクリムトの油彩画が25点以上も揃うという充実振り。クリムトといえば女性遍歴も多く、裸婦や愛し合う男女をシンボルにした作品が思い浮かぶが、そういった作品に辿り着くまでの経緯が分かるように、時代順にさまざまな作品が並ぶ。7人兄弟の長男で、14歳で工芸美術学校に入学。若い頃は肖像画も多く描いており、21歳で友人や弟と工房を設立し、室内・舞台装飾の分野で活躍。公的機関からの依頼も来るようになり、時の人となるが、次第に伝統への迎合を嫌うようになり、分離派を結成。黄金様式へと向かっていく。金工師だった父親と、同じく美術の道を歩んでいた弟のエルンストを30歳の時になくし、姉と母は鬱病を患っていたらしく、クリムトの絵に現れる不吉で不安定なモチーフに繋がっていく。

私にとって印象的だったのは、金色を使った派手で官能的な作品よりも、養子にしたという姪ヘレーネや、生涯を通してのパートナーだったエミリエ・フレーゲなど身近な女性を描いた肖像画。舞台装飾やポスターなど幅広い作品に取り組んできただけあって、自らデザインしたという額縁も含め、そこにはデザイン性の高さが現れている。モノトーンの色彩、シンプルな構図のなかで、女性らしさを際立たせる。肌の色や衣服の透けるような質感と、首筋や髪の生え際が強調される横顔ならではの視点が、クリムトが抱く女性へのただならぬ関心を表している。

目玉作品として展示されていた、首を取り恍惚の表情をした《ユディト》や、手鏡を持った《ヌーダ・ヴェリタス》は、絵よりも黄金の額縁やシラーの文章に目がいってしまい、期待していた《ベートーヴェン・フリーズ》も、ベートーヴェンの音楽やシラーの思想とはどうも結びつかず、今ひとつピンと来なかった。
ただ、大衆に迎合せずに自分の中の真実を追究する姿勢と行動が、世の中にインパクトを与えたという事実は実感できた気がする。

一方のウィーン・モダン展は、改装中のウィーン・ミュージアムから膨大な数のコレクションが来日。マリア・テレジアの肖像画から始まり、ウィーンの都市の変貌、オットー・ヴァーグナーの建築計画など、絵画だけでなく食器や家具、衣装やアクセサリーに設計図までが所狭しと並び、クリムトにたどり着くまでにかなりの時間がかかった。

こちらのクリムト作品は素描も多くあり、特に初期の寓意絵(ドイツ留学中、何処かの美術館で惹かれて買った絵葉書の《愛》という作品)に思いがけず出会えたのが嬉しかった。絵葉書には男女の姿しか写っていなかったのだが、その上部には2人の運命を示すような不吉な3つの顔があり、額縁は金色と深緑の丁寧な作りになっていた。こちらもやはり透けるような肌と、霧がかった色彩感が印象的。

そしてそのクリムトを尊敬し、クリムトもその才能を認めたエゴン・シーレの作品が素晴らしかった。10代で父親を失い、その現実を受け入れられずに必死で絵を描いたというシーレが、ゴッホの影響を受けて描いた画家の部屋やひまわり、パトロンだったレスラーの肖像画など、落ち着いた暖色系の色合いと、物を捉える線の独特な角度、そして丁寧で迷いのない塗りの線がそのままデザインになって、見事な一体感を成しているのが凄い。枯れたひまわりの背景の白色でさえ、強くなにかを訴えかけてくる。

その他にこの展示で充実していたのが、分離派やウィーン工房のポスターグラフィックで、字体、色合い、デザイン、どれを見ていても飽きないものだった。
また、ウィーンならではの作曲家たち ーー シューベルトの有名な肖像画や実際に使用していた眼鏡、シューベルティアーデの様子を描いたもの、ヨハン・シュトラウスやマーラーの彫像、シェーンベルクの肖像画、シェーンベルクが描いたアルバン・ベルクの肖像画(!)まで展示されているのには驚いた。

ウィーン・モダン展の後、同じ国立新美術館で開催中の日洋展に出品されていた、叔母 並木貴子の《輝きの大地 2019》を観た。これまでもこのシリーズの絵を観てきたけれど、委員賞を受賞しただけあって、黄色と黒のコントラストが効いており、余分なものが削ぎ落とされてきているのが分かる。大胆な筆使いに、気持ちの定まり、叔母の進化、新境地を感じることが出来て、とても嬉しかった。

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【コンサート覚書き】ユリアン・プレガルディエン&エリック・ル・サージュ 〜シューマン 詩と音楽〜

2019年6月9日 by admin

ユリアン・プレガルディエン&エリック・ル・サージュ
〜シューマン 詩と音楽〜
Julian Prégardien & Eric Le Sage 
Schumann & Heine @ Oji Hall, Tokyo

シューマンの珠玉の歌曲とピアノ作品を組み合わせた、魅力的なプログラムに惹かれ、仕事の後に王子ホールへ出掛けた。
前半に作品24のリーダークライスと4つの夜曲、後半は詩人の恋とクライスレリアーナから2曲という、ハイネの詩によるドイツ歌曲と、E.T.A.ホフマンの短編集からインスピレーションを得たピアノ小品によるプログラム。

ルサージュのピアノは、機知に富んでいながら非常に柔軟で、即興性のあるところが以前から好きで何度も聴いているが、同じく歌手の父親を持つドイツ人のテノール プレガルディエンを生で聴くのは初めて。噂には聞いていたものの、冒頭からその真っ直ぐで張りのある声と、曲が盛り上がる度に声量が増していく表現に、自然と引き込まれる。ドイツ語の明瞭さが素晴らしく、以前、響き重視のマティアス・ゲルネの歌唱に疑問を抱いただけに、胸が空くような発音の良さが耳に心地よい。
ルサージュのリート伴奏も呼吸を合わせて空気のように寄り添い、テノールとの一体感を成す。ピアノソロの4つの夜曲では、伴奏に比べてさらに奥行きが増す。中音域の音が開き過ぎて扱いにくそうなスタインウェイを弾ききり、第4曲のテーマの再現では、先ほどのリーダークライスの終末感を彷彿とさせ、シューマン独特の現実離れした世界観を感じさせてくれた。

《詩人の恋》では、最新校訂版の楽譜を用いているからか、フレーズの繰り返し部分で耳馴染みのない装飾が入るのに違和感を覚えたが、この曲集をこの2人の組み合わせで、しかも5月のこの季節に聴けるだけで幸せだった。プレガルディエンは特に、第11曲や第15曲などの台詞調の曲に説得力を発揮する。そして第8曲と第9曲の間に、クライスレリアーナから第1曲のみ(プログラムには第2曲も載っていたが、訂正で1曲のみに)をルサージュが弾いたのだが、この形式は今年生誕200年になるクララ・シューマンが実際に行っていたものらしい。その当時は3曲を挿入したそうだが今回は1曲のみで、しかも歌手を舞台の真ん中に立たせたまま弾くのは集中しないのか、輪をかけて早弾きになり、そのまま詩人の恋の第9曲に突入。気持ち乱れたままリズムが疎かになってしまい、今回のピアノ曲挿入は残念ながら功を奏さなかった。しかしルサージュは、それぞれの曲のキャラクターを見事に弾き分け、それらを繋ぎ、またプレガルディエンに欠けている響きの丸みを存分に補充してくれた。

アンコールは同じくシューマンの”月夜”と”献呈”。前者の儚げな高音と、後者の情熱的で潔い高音の歌い分けが見事だった。

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〔facebookパーソナルページより転載〕

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【コンサート覚書き】地中海のポリフォニー コルシカの男声声楽アンサンブル「タヴァーニャ」

2019年5月7日 by admin

地中海のポリフォニー コルシカの男声声楽アンサンブル「タヴァーニャ」
La folle journée Tokyo 2019
Cor di memoria Tavagna Corsian chant

一昨日のこどもの日、今年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭に一公演だけ聴きに出掛けた。
会場は以前にも何度か足を運んだことのある250席ほどの、響きのデッドなホールB5。

今回の「タヴァーニャ」は9人のアカペラアンサンブルで、時間になって舞台上にゾロゾロと出てきたのが、イタリアの街角に居そうな普通のおじさん(失礼な言い方だが、9人中2人は40代で、あとは60才以上と思われる初老の方々ばかり)なので、え? この人達が? と驚いたのだが、始まった途端にその疑いは打ち消された。

最初の2曲は3人のみで歌い、自分の声をコントロールするためか、片手を耳にあて、もう片方の手は隣のメンバーの肩に掛けたりと、身体や顔を寄せ合って歌う。声は地声に近く、ソロパート1人にあとの2人が合いの手を入れ、和声付けをする。
特に冒頭の“タリウ村のパディエッラ”という曲は、世界文化遺産に登録されたコルシカ島の歌謡だそうで、即興的なこぶしを使った張りのある地声がホールに響き渡り、その哀愁に満ちた歌詞の内容もあって、非常に胸に迫るものだった。

3曲目からは全員で円く弧を描いて立ち、お互いの顔を見合いながら、音を聴き合いながら、時に眼くばせをしたり微笑み合ったりしながら歌う。大まかにはバス担当、テノール担当など分かれているが、高い声で歌うメンバーの中には、かなり低い音域まで出せる人もいるようだった。
これだけ近くで歌い合うのだから、メンバー同士のその日の体調なども手に取るように分かるだろう、などと思いを巡らせる。

伝統的な教会歌と世俗歌に加え、現代の作曲家に依頼したものや、自分たちで創作したものもあり、教会歌以外はすべてコルシカ語(イタリア語の方言のように聞こえた)で歌われる。日常生活における喜怒哀楽のみならず、社会に対する意見や主張も歌にしていく、土着の図太さ、たくましさを感じた。

曲間でメンバーの1人が曲の説明をし(通訳付き)、「我々は先祖、祖父の代から受け継ぎ、それを息子や孫の世代に伝えていくので、そこに新しい風を入れることが重要だ」「こうして皆さんの前で披露して、皆さんのその表情から、我々の音楽が皆さんに浸透し、またそこから我々も再びこの音楽に取り組む活力を頂いている」と話すのを聞いて、まさにそれこそが芸術文化の普遍的な価値だろうと、惜しみない拍手を送った。

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〔facebookパーソナルページより転載〕

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【コンサート覚書き】アレクサンドル・クニャーゼフ&ニコライ・ルガンスキー デュオリサイタル

2019年5月1日 by admin

アレクサンドル・クニャーゼフ&ニコライ・ルガンスキー
デュオリサイタル

Alexander Kniazev & Nikolai Lugansky
Duo Recital @ Kioi Hall, Tokyo

先月下旬、ロシア人同士の演奏家によるロシア・プログラムを楽しみに出かけた。

まず耳に飛び込んでくるのがチェロのふくよかな音。弓に相当な圧力をかけるためか、音の威力がすごい。エンドピンが短く、床板が近いので、地面というか大地との一体感を感じるような音。舞台との距離がかなりある2階席右端にいても十二分に表情が伝わってくる。
対するピアノの音はチェロとは正反対で、容積はあっても密度が薄く、スタインウェイピアノが良くないのか、わざと音の芯を捉えていないのか、やりたいことがこちらに伝わってこない。濃密な音作りやフレージング、場面構築をするクニャーゼフ(ノンヴィブラートのストレートな音作りがショスタコーヴィチの音楽に非常にマッチングしており、はたまたロマンティックな第1楽章第2テーマや第3楽章のテーマの出だしなど、その場面毎に合わせた世界観が、第1音から毅然と現れている)に対し、ルガンスキーは音のみならずその音楽にすら乗り遅れているというか、乗り切れていないというか。こちらも理想像がはっきりとあるだけに、とても歯痒い気持ちで聴いていた。

2曲目、フランクのヴァイオリン・ソナタをチェロで聴くのは初めてだったが、その違和感を覚えたのは始めの方だけで、あとは自然に聴き入った。ただヴァイオリンではフッと力を抜くところなどにもクニャーゼフの全身全霊で弾くスタイルが貫かれるため、聞く側としてはやや疲れてしまう。
ルガンスキーはショスタコーヴィチよりもフランクの方が音質的に合っているようで、第2楽章最後の疾走感やチェロとのバランスは見事で、第4楽章の天から降り注ぐようなテーマは美しかった。

ラフマニノフになると、ますますピアノが主体になってくるだけに、前半で感じていた不足感が助長。昨年バッハ無伴奏の時に感嘆したように、チェロがいかに繰り返しを違ったニュアンスで巧みに聴かせても、再現部の調性感を見事に表現しても、それに応え、支え、包み込み、またこちらからも仕掛けて行くピアノがないと感動もできず、全曲暗譜のクニャーゼフに対して、ピアニストの情熱の温度差、物足りなさを感じざるを得なかった。これがもしリヒテルだったなら….!!

アンコールは3曲。ブラームス歌曲編曲がまた、本当に歌を歌っているような抑揚で素晴らしかった。

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