【演奏会】8月20日〔日〕三宅麻美 シューベルト・リサイタル
『三宅麻美 シューベルト・リサイタル』
2023年8月20日〔日〕14時開演
洗足学園音楽大学シルバーマウンテン
『三宅麻美 シューベルト・リサイタル』
2023年8月20日〔日〕14時開演
洗足学園音楽大学シルバーマウンテン
季節外れの生暖かい風雨の中、マリア・ジョアン・ピレシュのシューベルトを聴きにサントリーホールへ。今回は音楽というよりも、ピレシュという愛情溢れるひとりの人間に触れたいとの思いで、舞台後方席から聴いた。
A-Durソナタの出だしの何と美しいこと。
留学中から良く実演を聴いてきたが、いつからか小さくて細い身体を振り絞って腕を動かす打鍵が痛々しく感じて生を聴きたいと思わなくなっていたのだが、この日は弱打はもちろんのこと、強打するのにも意欲が漲っていて余計なものをようやく脱ぎ捨てたような、何か突き抜けた感じがした。奔放な語り口で始まったドビュッシー ベルガマスク組曲も特に第2、第4曲の舞曲のリズムが見事で、身体全体から躍動感が溢れていた。そして後半、遂に近々取り組もうと思っている長大なB-Durソナタも自然な呼吸感とともに脈々と流れて行き、あっという間に終楽章の愉悦に到達、このソナタをこんなに短く感じたことはなく、80歳近くになって演奏活動を再開した理由を存分に聴かせてくれた。
先日のアルゲリッチといい、人生何があろうとピアノを弾き続けること、音楽に向き合い続けることの意味を教えられたような気がする。
かなり遅くなりましたが、久々の美術館探訪録です。
ちょうど一ヶ月ほど前になるが、茨城県近代美術館の〝REIMS ランス美術館コレクション 風景画のはじまり〜コローから印象派へ〟展へ出掛けた。初めての水戸、駅から川沿いを散歩しながら15分ほどで湖畔に建つ美術館に着いた。
贅沢な空間遣いのロビー、幅広の階段をゆったりと上り展示室へ入ると、大好きなジャン=バティスト・カミーユ・コローのコレクションの豊富さにまず驚く。広い展示室すべてがコローの作品で飾られており、全部で16点もある。柔らかく、深みのある緑を使った樹木がメイン。水辺であることが多く、それに恩恵を受ける人々が数人描かれる。時刻や天気によって温度や湿度が違うように空も色味や透け感が様々で、光や明るさを感じさせる白色の扱い方が素晴らしい。
『岸辺の小舟に乗る漁師』では、明るい薄曇り空の下、小舟に座りながら網の作業をする漁師を、水辺にいる一頭の牛が後ろから優しい眼差しで見守っている。開けた視界と無数の白い点が春を表している。
『川を渡る』は遠くに入道雲がある夕暮れの空、対岸の古城が霞んで見えるように淡い茜色で描かれている。真夏の陽射しを避け、森の繁みに涼みにきた帰り道だと気付かされる。
次に展示されているバルビゾン派のドービニー、クールべ、アルピニーなどはより写実に近い。光線もくっきりとして時刻もピンポイントで狙ったかのような絵を観ると、なおさら先ほどのコローの空気感が特別のものとして感じられる。彼の絵の前ではいつも深い呼吸ができる。それこそがずっと観ていられる理由だと思う。
コローに“空の王者”と言わしめたウジェーヌ・ブーダンは、ノルマンディーの広く雲の多い空を巧みに描き分けている。『ベルク、船の帰還』では低いところに点在する暗い雲と、紫がかっている高く抜けた空の対比が見事で、遠くの白い明るみが、嵐の過ぎ去ったあとの安堵感を感じさせる。
と思いきや、ピエール=オーギュスト・ルノワールの描く『ノルマンディーの海景』はまったく別物。空は水色とラベンダーの2色だけで、海辺には明るい土の色にグレーや何色もの緑と赤が使われているのが印象的だった。
そして印象派のシスレー、ピサロ、モネへと続く。
アルフレッド・シスレーの絵にも良く感じることだが、光を感じられる鮮やかな色遣いと奥行きのある空間描写が見事で、自然とその場で空気を吸っているかのような錯覚に陥る。
クロード・モネに特徴的な無数の小さな筆跡は、細胞や肉片でもあり、吐息のようなものかもしれない。それは気迫とも意志とも捉えられるように、価値あるものとして存在している。様々な色を上から重ねていく独特な色彩感はまさに直感で成り立ち、それは美への好奇心や探究心からくるものなのだろう。
『べリールの岩礁』は元々この茨城県近代美術館が持っている『ポール=ドモワの洞窟』(同年に同じ場所で描かれたもの)とランス美術館が持っているものが並べて飾られた意欲的な企画展示で、写真もここだけはOK。ベリールとはブルターニュ地方の小島で、モネは2ヶ月近くそこに滞在して刻々と変化する手付かずの海岸を、同じ構図で何枚も描いたそうだ。荒波によって出来上がった断崖、切り立つ岩と青々とした海がダイナミックな風景を生み出しており、自然界の凄みを感じざるを得ない。積みわら、ルーアン大聖堂、睡蓮など連作を描くきっかけになったそうだ。
このご時世なかなか遠くへは行けず、マスクをしたままの生活に慣れすぎてしまったけれど、久しぶりに向こう(ヨーロッパ)の風を感じられた気がした。常設展もかなり見応えあり。
『やまとでクラシック 2022』
2022年5月22日〔日〕18時 開演
大和市文化創造拠点シリウス サブホール
ピアノ 三宅 麻美
ゲスト出演 ソプラノ 三塚直美
ショパン 軍隊ポロネーズ、幻想ポロネーズ
ラフマニノフ エレジー、リラの花
モーツァルト 歌劇《フィガロの結婚》より「恋とはどんなものかしら」
プッチーニ 歌劇《ジャンニ・スキッキ》より「私のお父さん」
ビゼー 歌劇《カルメン》より「ハバネラ」
ほか
昨年12月20日の演奏会「ロマンの花束」第2回のレビューが『音楽の友』3月号に掲載されました。
12月20日・王子ホール●辛島安妃子(S)●メンデルスゾーン「7つの性格的小品集」から「第1番」「第7番」、同「無言歌集」から《甘い思い出》《狩の歌》《失われた幸福》《詩人の竪琴》《デュエット》《胸騒ぎ》《民謡》《5月のそよ風》《葬送行進曲》《ヴェネツィアの舟歌》《春の歌》《紡ぎ歌》、同「歌曲《告白》《遠いところに》《新しき恋》《挨拶》《歌の翼に》《ズライカ》《春の歌》《花束》《私は木の下に横たわる》《恋人の手紙》《一晩中夢の中で僕は君を見るんだ》《葦の歌》《夜の歌》《もうひとつの五月の歌(魔女の歌)》」
東京藝術大学、べルリン芸術大学、イモラ国際ピアノアカデミーで学んだ三宅麻美は、深い解析力と知的なロマンティシズムでの表現力が、国内外で高く評価されている。これまで三宅のさまざまなシリーズに接しているため、メンデルスゾーン『無言歌集』などどうだろう……と秘かに思っていた。それが叶った三宅のリサイタル・シリーズ「浪漫の花束/色とりどりの性格的小品とドイツ・リートの世界」の第2回、テーマは「メンデルスゾーン」。
前半は三宅のピアノ・ソロ。「小品集」では、開始から丁寧に音を重ねていくため〝美しいメロディの天才メンデルスゾーン〟のラインが活きる(特に「第1番」)。「無言歌集」では完璧な耐震構造の如く和声感や構成に揺るぎがなく、それゆえ主旋律は映え、内声の色合いも美しく響く。何より恐れ入るほど作品は深く練られているため、《詩人の竪琴》や《葬送行進曲》はドラマを見ているようで、《失われた幸福》と《デュエット》では名歌手の声が聴こえるよう。《民謡》ではリズムの扱いが巧く、《5月のそよ風》や《ヴェネツィアの舟歌》など絵画的な色彩感を感じ、〝無言歌〟の真意を聴いた思い。それゆえ惜しむらくは、ステージに上げたときの12曲の推進力。各曲非の打ちどころがない反面、進行に緩急があれば全体がより締まったはず。後半はソプラノの辛島安妃子を迎えたドイツ・リート。辛島も同じく探究者で、詩にある言葉の裏まで読み解く鋭い感性。それも咀嚼を経た表現のため、音楽が立体的で、そこにロマン派の色香(特に《ズライカ》、《私は木の下に横たわる》、《一晩中夢の中で僕は君を見るんだ》)。三宅のアンサンブル力も長けており、気品の華やぎが、まさにロマン派。
●上田弘子『音楽の友』2022年3月号より
このご時世でアート鑑賞もとんとご無沙汰している。それでも昨年末から春にかけては 琳派と印象派展@アーチゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)、田中一村展@千葉市美術館、山陰に足を延ばした際に、島根県立美術館や足立美術館にも訪れて英気をいただいたが、先日は束の間の夏休みに三島にある佐野美術館に、渡辺省亭展を観に出掛けた。今春、藝大美術館で開催のはずが緊急事態宣言のため会期途中で中止となり、とても残念に思っていたところ、岡崎と三島に巡回することを知り、是非にと友人に車をお願いしていた。
渡辺省亭は明治から大正を生きた日本画家で、欧米での評価は高いものの国内ではまだあまり知られておらず、今回が初めての回顧展だそう。28歳の時に日本画家として初めてパリを訪れ、見事な筆捌きでマネやドガなどの印象派の画家に影響を与えたと言われている。5歳で絵の楽しみを覚え、浮世絵の模写をしたのち書を徹底的に3年間学び、そのあとに人物画を描き、そして真骨頂である花鳥画を描いていく。68歳で亡くなるまで生涯弟子を取らず、自分を売り込むことも嫌い、黙々と注文を受けた作品をこなしていたようだ。一昨年あたりだったか、赤坂・迎賓館の内部公開を観たときに、豪華絢爛な広間の壁にいくつもの花と鳥の図柄の七宝が飾られていたのだが、その元絵を描いたのが省亭だった。
さほど広くない展示室に足を踏み入れるとまず、チラシにも使われている『牡丹に蝶の図』がある。縦に一本伸びる添え木を巧く構図に取り入れ、枠の線を描かずに水彩のグラデーションで花びらの色と重なり合う質感を表現する。奥に朽ち行く花を描くことで、手前の紅白の牡丹の彩りがより一層感じられる。風に散りながらおしべがはらはらと地に落ちるさまをも描き、旬を迎えて咲き誇る花との対照を描く。蜜を吸うクロアゲハと遠くのモンシロチョウ、この絵では蝶よりも花の生命力が優っている。
その近くには『春野鳩之図』。春の野辺の草花たちを鳩の周りに散りばめ、枝垂れ桜と綿毛のタンポポ、そしてツクシの縦のラインを韻を踏むように生かしつつ、主役の鳩に目を向けさせる。三羽の鳩はそれぞれ色合いと体の向きが違うのだが、驚くのは良く見ると三羽とも口角が上がっていること。観ている側を自然と和やかな表情にさせる。
その隣の『雨中桜花つばめ図』もまた風情がある。花盛りの桜の木で燕三羽が雨宿りしているのだが、春雨の寒さに毛をふくらませた燕の体が印象的で、三羽の中でも後ろ姿の燕を最前に描くことで、その場の温度や寂しさまで漂わせている。
『月夜杉木菟之図』は、背後にそびえる大きな幹の木を見るからには、そのミミズク(トラフズク)まではかなりの距離があると思われるのだが、かなり大きな尺で描かれており、その存在感には目を見張る。思わずドイツ留学中に森の中で見たミミズクを思い出した。(かなり遠くにいるのにもかかわらず、目が合った瞬間嬉しいのと同時にドキッとした…)絵具を幾重にも薄く塗り重ねて実現した羽の色味や質感はまさに3Dのようにリアルで、その観察眼には恐れ入ってしまう。
63歳で描いた『猛虎の図』は、ずっしりと風格のある虎に今現在の自分を重ね、左上を見上げる凛とした眼差しに、未だ筆を持ち続けて自身の境地を開いていこうとする志が感じられた。
そして展示の最後には、数ヶ月前に所在が明らかになり今回急遽追加で展示された『春の野辺』。これは1918年に描かれ、蝶の彩色のみを残して絶筆となった作品。蓮華草の小さな花びらや細い葉の一枚一枚をこれまでよりも色濃く描き、その筆運びに一呼吸一呼吸を合わせて描かれたかのような凝縮感に胸を打たれた。
鑑賞後は美術館の敷地にある日本庭園を歩き、近くの柿田川公園で水を汲み、名物の鰻をいただいて帰りました。
三宅 麻美 ピアノリサイタル・シリーズ
『浪漫の花束』第2回「メンデルスゾーン」
2021年12月20日(月)19時 開演
銀座・王子ホール
ピアノ 三宅 麻美
ゲスト 辛島 安妃子(ソプラノ)
プログラム
7つの性格的小品集 op. 7より
《無言歌集》より
狩、 詩人の竪琴、 デュエット、 胸騒ぎ
民謡、 五月のそよ風、 葬送行進曲
ヴェネツィアの舟歌、 春の歌、 紡ぎ歌ほか
歌曲より
告白、 新しき恋、 歌の翼に
ズライカ、 春の歌、 花束、 葦の歌
一晩中夢の中で僕は君を見るんだ
夜の歌、 恋人の手紙、 月ほか