『ショパン』2006年6月号「生誕100年のショスタコーヴィチに光!」

生誕100年のショスタコーヴィチに光! 三宅麻美 ピアノリサイタル
3月26日 東京オペラシティリサイタルホール
[文]萩谷由喜子 [写真]長澤直子

 生誕250年のモーツァルトを祝うコンサートは目白押しだが、存命なら100歳を迎えるショスタコーヴィチに因んだコンサートは数少なく貴重だ。その彼の「24の前奏曲とフーガ」と室内楽曲を組み合わせて3回シリーズのコンサートを企画したのが、イモラ音楽院でショスタコーヴィチの権威ペトルシャンスキーに師事した三宅麻美。今回はその第1回で、前半は「24の前奏曲とフーガ」の1~5番、16、17、13、12番。第1番プレリュードは清澄な音色でモノフォニー・ラインをきれいに描いて始まり、フーガは一転して複層ラインがよく整理されていた。第4番も佳演。第16番は曲が長大なだけに聴き手を倦ませず弾ききるのはなかなか難仕事。全曲の核心をなす第12番を最後にもっていく配列は正解。この超難曲までスタミナを維持し、弾きおおせたのはたいへんな精進であったと思う。後半はヴァイオリンの清水醍輝、チェロの長南牧人を迎えてピアノ三重奏曲第2番ホ短調。冒頭楽章では深い悲しみの感情がチェロのフラジョレットをはじめ3者の美しい音で表現され、スケルツォ楽章ではこの作曲家ならではのシニカルな味をみごとに奏出、パッサカリアでの3者の呼吸もよく揃っていた。とかく晦渋な作曲家と思われがちなショスタコーヴィチに果敢に取り組み、光を当てた好企画、次回と次々回への期待が膨らむ。

『ムジカノーヴァ』2006年6月号

『ムジカノーヴァ』2006年6月号

 「生誕100年ショスタコーヴィチ・イヤーに捧ぐ」を題したこのシリーズでは《24の前奏曲とフーガ》全曲と室内楽が披露される。この巨大なシリーズに挑むのは三宅麻美で、洗足学園音大で後進の指導にもあたっている。東京芸大に学んだ後、イモラ音楽院、ベルリン芸大大学院を修了、ヴィオッティ国際コンクールやフィナーレリグレ国際音楽コンクールなどの入賞歴をもち、国内外のオーケストラと共演するなど、着実にキャリアを重ねている。
当夜はシリーズ第1夜。前半は《24の前奏曲とフーガ》作品87より第1番~第5番、第16番、第17番、第13番そして第12番(演奏順)。この作品集において、ショスタコーヴィチヘの三宅の並々ならぬ思い入れが強烈にアピールされた。作品に対する緻密で考え抜かれた濱奏に支えられ、禁欲的でありながら作品への深い感情移入の感じられる音楽である。しかし、決して開放的に自己の感情を表出するのではなく、内面の静寂を重んじた実に説得カのあるピアノであった。この作品集は2年の歳月を経て作曲されているが、この間にこの作曲家が置かれた社会的な境遇や心理的な変化を、三宅は共感をもって汲みとり、それぞれの作品がもつデリケートな様相を鮮明に浮き彫りにした。特に第2番において、鉛のように重たいタッチから創出される響きは、沈黙の重みを髣髴とさせ、ショスタコーヴィチの抵抗と苦悩が見事に追体験されている。後半は《ピアノ三重奏曲第2番》。ヴァイオリンの清水醍輝、チェロの長南牧人による卓越した演奏は、ピアノを引き立てつつそれぞれの音楽的独創性を尊重しながら、研ぎ澄まされた感性でトリオを築き上げていた。没後100年を記念するにfusa
さわしい、人間ショスタコーヴィチを実感させる演奏であった。
(3月26日、東京オペラシティリサイタルホール)
道下京子

『音楽現代』2006年6月号

『音楽現代』2006年6月号

◆三宅麻美ショスタコーヴィチ・シリーズ Vol 1
三宅は芸大やべルリン芸術に学び、ドイツやイタリアで活躍している。ショスタコーヴィチ生誕100年の今年、ナマで聴ける機会の少ない「24の前奏曲とフーガ」全曲演奏に挑む。これに室内楽や声楽を組み合わせた、全3回の意欲的な演奏会の第1夜。「前奏曲とフーガ」は第1番から5番、第16、17、13、12番の9曲を演奏した。三宅は明快でバランスの良い表現を聴かせる。堂々たる押し出しも雄弁。第2番フーガのキレの良さ、第3番フーガはリズミックな華やかさで確実なタッチから運動性溢れる。第17番は積極的な表現と濃厚な色彩感。第13番の前奏曲は多彩な響きをシンフォニックにとらえ、フーガは意志的な粘りを聴かせる。第12番は強固な意志力を感じさせる前奏曲。フーガは攻撃的にとらえ、リズムがはじけ色彩が放射される。後半はピアノ三重奏曲第2番だが、ヴァイオリンの清水醍輝とチェロの長南牧人があまりにも冴えない。渾身のピアノの足を引っ張って最低。(3月26日、東京オペラシティ・リサイタルホール)
(諏訪節生)